第7章 教育心理学
7-1. 教授・学習過程の研究
7-1-1. 学習者の実態としての誤概念
教科の教授・学習過程の研究では、学習内容について、子どもたちの理解の実態を解明したり、効果的な教授法の開発をしたりする研究などが行われている
誤概念: 日常の経験の中から生み出された、誤りないし不適切と言えるような知識 素朴概念, ル・バー($ \overline{\mathrm{ru}}: 誤ったルール)とも呼ばれる ボールを真上に投げた。ボールは上昇している途中である。このボールに働いている力の方向を矢印で記入せよ
慣性の法則からボールには下向きの力(重力)だけが働いているが、大学生でも上向きの力が働いていると答えるものが多い(Clement, 1982)
慣性の法則: 物体に力が働かないときには、運動している物体は等速直線運動を続け、静止している物体は静止し続ける。 このときの誤概念「物体が運動しつづけるためには、力が加え続けられなくてはならない」
自転車や自動車などの経験から得たもの
誤概念は一概に不適切とだけはいえない側面も持つ
慣性の法則は現実には空気抵抗や摩擦もあるため、一定の妥当性を持つものとしても捉えられる
誤概念は理科に関するものが多く報告されているが、他の教科に関するものもある
数学では比例をある量$ xの増減に伴い、他の量$ yが一定の割合でそれぞれ増減する関係と捉えずに、単純に一方の量の増減によって他の量が(規則性がなくても)それぞれ増減する関係としてしまう中学生の誤概念
社会科に関連して「商品の小売値は仕入れ値と同じ(または安い)」という小学生の誤概念もある(麻柄・進藤, 2008)
授業では誤概念を修正するためのステップが必要になる
7-1-2. 効果的な教授法
小学1年生の算数の減法では、子どもたちにとっては求差型の問題が難しい
集合全体の要素数から部分の要素数を除去した残りの部分の要素数を求める問題
求残型: 「8個のりんごを5個食べたら残りは何個ですか」
求補型: 「8個のりんごをもぎたいとき、5個もいだら、あと何個もげばいいですか」
2集合の要素数の違いを求める問題
求差型: 「りんごが8個、なしが5個、どちらがいくつ多いですか」
ハドソンは求差型の難しさの原因が一対一の対応付の難しさにあることを示している(Hudson, 1983) 5羽の鳥と3匹の虫が書かれた図
正答率2割: 「鳥は虫よりどれだけ多いでしょう」
正答率9割: 「鳥が虫を捕ろうとしています。みんな虫を捕れるかな。捕れれないとしたら何羽の鳥が捕れないでしょう」
求差型の文章題にも正答できるようにするためには、一対一の対応づけを可能にするような手続きが必要になる
椅子取りゲームのような一対一の対応付がしやすい状況を取り入れて
1. 2集合の要素間に一対一の対応をつける
2. 一対一に対応づけられた要素と、対応づけられなかった要素を分離する
3. 対応づけられなかった要素数を数える
4. この過程を減法と結びつける
7-2. 学習における動機づけ
7-2-1. 自己決定理論
従来の動機づけの区分である内発的動機づけ(自発的、自律的)と外発的動機づけ(他発的、他律的)の違いに着目して区分を拡張し、自己決定性の観点からより精緻に整理したもの
自己決定理論の動機づけの状態の区分に基づいた動機付けの型(調整スタイル) 外的調整: 学習することに価値を認めているわけではないが、他者からの賞罰による働きかけなどによって学習する場合 取り入れ的調整: 他者からの明確な働きかけはないが、不安や義務感、あるいは自己価値を維持するために学習するといったように、他者からの統制感をもつような場合 内的調整: 学習すること自体が興味の対象となっており、面白さや楽しさといったポジティブ感情を伴って自発的、自律的に学習を行うような場合 この4つの調整スタイルと学習の質との関連を調べた研究が数多く行われている
外的調整のような他発的で他律的なスタイルの者は、学習の際の工夫がなく、学習内容をそのまま暗記しようとする傾向がある
内的調整のような自発的、自律的なスタイルの者は、学習内容を関連した既有の知識と結びつけたり、学習内容間を関連づけたりするといった理解を促進するような工夫のある学習法をとる傾向があるという
7-2-2. 達成目標理論
学習することに関して自分の持つ力を発揮すべき目標を何におくのかの違いに着目した理論
初期の分類
習得目標(learning goal): 学習内容自体を習得することを通して、学習者が自らの能力を高めることに動機づけられる 遂行目標(performance goal): 良い成績をあげることで他の人に自分の有能さを示したり、自分自身が有能な存在であることを事故証明して、自尊感情を維持したりすることに動機づけられる 目標への接近を目指すのか、目標に到達できないことを回避するのかという観点を加えて「習得目標―遂行目標」の次元と「目標への接近―回避」の次元の組み合わせで4つに分類されて考えられることになった(例えば, Elliot & McGregor, 2001)
習得接近: 学習内容の習得を目指すことだけに力を注ぐ 習得回避: 学習内容が習得できないことを忌避することに力を注ぐ 遂行接近: 「他の人に成績がいいことを示したいから」といった場合 遂行回避: 「他の人に成績が悪いと思われたくないから」といった場合 学習にとって最も望ましいのは習得接近目標を持つ場合
学習内容を関連した既有の知識と結びつけるなど、自らが能動的に考え、効果的で工夫のあるやり方で学習を進める傾向がある
7-3. 学級の特徴
7-3-1. 学級の構造
https://gyazo.com/780b4128edecf4327378aed705fd1d57
学級内の子どもたちの交友関係や小集団の存在の有無、小集団間の関係を知るための方法としてモレノが考案したもの(Moreno, 1934) 「席替えをするとしたら隣に並びたい人は誰ですか」「共同で作業をするとしたら、あなたは誰と一緒にしたいですか」などの質問
質問の結果をソシオグラム(sociogram)にまとめることで明らかになるもの 多くのものに選択されるスター
互いに友好的な相互選択
誰からも選択されない孤立児
学級内に形成されている小集団
「席替えで隣に並びたくない人は誰ですか」のような質問をすることで、多くのものから排斥されている排斥児の存在も明らかになる
社会測定的地位(個人ごとの被選択者数から被排斥者数を差し引いて産出)はその子供の学級内の地位を示す指標の一つとされる 一般的に望ましい学級
一部の子供に人気が集中しないこと
孤立児が少ないこと
選択の基準が違った場合には、社会測定的地位に変動があることなど
ソシオメトリックテストの実施で人間関係が悪化してしまう事も考えられる
実施は控え教師の観察
7-3-2. 学級風土と教師のリーダーシップ
学級風土: 「感情、態度ないし行動の学級全体としての傾向」(根本, 1987) 学級風土を明示的に捉えるための中学生用の質問紙を作成した伊藤・松井(2001)の研究では3つの領域から構成されるものだとされる
関係性: 学級の中の集団としてのまとまりや生徒間の親密さなど
個人発達と目標思考: 学習への取り組みに関わる
組織の維持と変化: 集団規律の遵守や集団の民主制に関わる
学級によって学級風土は異なる
教師(特に担任)は学級の子どもたちにとってリーダーの側面を持つ
PM理論(三隅, 他, 1977): 教師もの持つリーダーシップの機能を次の二次元から捉える P(performance: 課題遂行)
「社会性・道徳性の訓練やしつけ」を働きかける機能
M(maintenance: 集団維持)
「教師の児童への親近さ」や「教師の児童に対する配慮」を働きかける機能
PMの強弱の組み合わせからPM型、Pm型、pM型, pm型に分類されている
児童の意識との関連を調べると、「学級の連帯性」「学習意欲」「規律遵守」のいずれにおいてもPM > pM > Pm > pmの順
「学校不満」ではPm > pm > pM > PMの順
7-3-3. ソーシャル・スキル・トレーニング
孤立時や排斥児が生まれる原因として
性格の問題に原因があるという考え
これに対して社会的技能が不十分だとする考え方
より一般的なプロセス
1. より適切なソーシャルスキルが必要な場面を設定
2. 子どもたちに新たに獲得して欲しいスキルをモデルとして提示する
3. 模擬的な状況を設定し、子どもたちにロールプレイを行わせる
4. トレーニングの場で学習したスキルを日常の場で実践させてみる
対象となるソーシャルスキル
コミュニケーション・スキル
問題解決スキル
ストレス管理スキル
感情をコントロールするためのスキル
7-3-4. ソーシャル・スキル・トレーニングの実践
ソーシャルスキルトレーニングを取り上げた小学校3年生を対象にした授業実践(志村, 2004)
子どもたちに既知の「ドラえもん」の登場人物を使う(典型的な自己表現の3つの型に対応する)
のび太: 非主張的な自己表現
ジャイアン: 攻撃的な自己表現
しずかちゃん: 自他尊重に基づく率直な自己表現
友達から放課後に遊ぼうと誘われたが用事があるために断るときに、どのように断るのかを3人の表現の仕方に即して台詞を読ませた
この段階ではしずかちゃんの表現法を高く評価する者が多かったが、ジャイアンの表現法についてもはっきり言っていて気持ちがいいと評価していた児童がいた
その後、実際に同様の状況を設定して、ロールプレイを行わせた
ロールプレイを通じてジャイアンは乱暴な言い方で言われたほうが気分が悪いというように変化した。
以上の経過を辿り、児童の話し合いで自他尊重のしずかちゃんの表現法が望ましいという意見にまとまり、教師は日常生活でもその表現法を実践していくように指導した